作品名 |
作者名 |
カップリング |
「The end of "The younger sister is adolescence"」 |
アカボシ氏 |
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一際強い風が、校庭を通り抜けた。桜の花びらが風に舞い、登校中の生徒達を包むように降り注ぐ。
在校生は春休みの始まりに浮かれ、卒業生は感慨深げに学び舎を仰ぎ見る。これから始まる卒業式
を前に、お兄ちゃんも寂寥感を漂わせていた。
晴れ渡る空とは裏腹に、私は今にも泣きそうだった。
アキちゃんも、マナカちゃんも、ショーコちゃんももういない。
生徒達を無事卒業させた小宮山先生は、他の学校へ転任する。
マリア先生はアメリカに帰る。
お兄ちゃんも、来週には一人暮らしのために引っ越す。
まるで、卒業生にでもなった気分だった。
別れの発端は数ヶ月前の事だった。私は今日という日の幸せを、明日も享受できると信じて疑って
いなかった。その毎日が、どんなに儚く尊いものだったのかも知らずに。
その日、私達は近くの喫茶店にパフェを食べに行った。アキちゃん達が妙に暗いので、甘いもの
でも食べて元気を出してもらおうと、私が誘ったのだった。
トロピカルフルーツパフェ、チョコバナナパフェ、チーズクリームパフェ、抹茶つぶあん白玉パフェ、
新メニューの杏仁豆腐パフェ。皆が別々のパフェを頼んで、お互いのパフェをつつきあう。
「ね、マナカ、そのさくらんぼ頂戴。」
「じゃあ、代わりにその黒ずんだ棒を私の口にねじ込んで下さい。」
「その表現やめろよ。」
自分のパフェからさくらんぼを取るマナカちゃん。カオルちゃんもパフェからチョコバナナを取り出す。
「マナカ、あーんして♡」
「カオルさんも、あ〜ん♡」
お互いの口にスプーンを差し込む2人。
「幸せそうだな、金城…どうせ、それでキスの練習とかするんだろ?あとマナカ、発音おかしい。」
ジャンボパフェを縦に掘り進んで、崩さないように食べているアキちゃん。この糖分も全部胸に
行くのかと思うと、少し腹が立つ。マナカちゃんと目が合う。向こうも同じことを考えているようだ。
私たちは黒い笑みを浮かべ、(あとでまたアキちゃんをいじろう)と、目で会話した。
「なんでわかんの!?アキ、さては超度7のエスパーか!」
もごもごと口の中で、さくらんぼを結ぼうとしているカオルちゃん。
「アキちゃんがエスパーなら、私たち全員エスパーじゃないかな。」
そう言いながら、私もさくらんぼを口に含んだ。
「ノーマルは私だけ!?」
「ううん、私はアブノーマル。」
ショーコちゃんがさくらんぼを持って、舌でレロレロやってる。
「それは皆が知っている。てか、レロレロすんのやめてくれ。」
「フ…」
ニッと笑ったショーコちゃんは、さくらんぼを口にいれると、ものの数秒で結んで見せた。
「うわ、早っ!」
「ディ・モールト凄い!」
「そこまでいくと凄いっつーかキモイ。」
パフェを食べ終わって、とりとめのないお喋りをする。皆、とりあえず元気を出してくれたようだった。
話のネタも尽き、不意に会話が途切れる。そろそろ帰ろうかな、なんて思った時、マナカちゃんが
口を開いた。
「あ、あの…」
伏し目気味に、氷だけが残ったコップを握り締めて言いよどむマナカちゃん。
「実は私、また引っ越すことがきまったんです。」
賑やかだった空気が、引き潮のように去っていく。カラン、と氷が音を立てて割れた。
「引っ越すって…どこに?遠いの?」
喉が一瞬で渇いた。瞬きも出来ず、上ずった声で聞き返す。
「H道…」
H道?皆も不思議そうな顔をしている。
「都道府県で道って、北海道だけじゃん!道州制はまだ先なんだから!」
アキちゃんのツッコミが炸裂する。S県とかN市みたいな使い回しか。
「せっかく伏字にしたのにバラさないで下さい。」
「そもそもなんで伏字にすんのさ!一瞬何の流派かと思ったよ!」
満ち潮のように、賑やかな空気が戻ってきた。
「それで、いつ引っ越すの?」
「来月です。皆さん、短い間でしたがとても楽しかったです。」
「マナカ…」
「でも、高校卒業したらこっちで一人暮らしするつもりですから、すぐ会えますよ。それまで、この
『ダイエットSEX48手』…カナミちゃんに貸しておきます。」
「わかった。じゃ、これ預かっておくね。」
すくなくとも、彼氏のいない私やマナカちゃんには必要ないものだけど。
「あー…私もちょっと大事な話があるんだけど。」
おずおずと挙手するショーコちゃん。
「大事な話?」
「うん。先週病院いったらさ、2ヶ月だって…それでさ、私学校辞めて結婚しようと思うんだ。」
「へ、ショーコ結婚すんの!?」
大声を上げて驚くアキちゃん。
「アキさん静かに!胸が大きいですよ!」
すかさずボケながら注意するマナカちゃん。ショーコちゃんの発言に驚きながら、嫌味とボケを飛ばせる
頭の回転の速さには正直感服する。
「じゃあ、しばらくお尻しか使えなくなるね。」
「飲食店でそーゆー話やめろよ。」
「家計を助けるために、色々と開発して特許とろうと思ってるの。」
「へぇ。どんなの?」
「試作品のこのエロ本…ちょっとそのページ、こすってみて。」
「何々?(こしこしこし…)」
「世界初、こすると匂いのでるエロ本よ!」
「イカくさっ!?」
「特殊な溶液に混ぜた愛液と精液が塗ってあるの。」
「んなもんに触らせるな!!」
おしぼりで手を拭くアキちゃん。深いため息をつくと、頭を押さえて言った。
「ついでなんだけどさ、私も皆に言わなきゃいけないことがあるんだ。」
「今度はなんですか?もう多少のことでは驚きませ」
「この前街でスカウトされて、グラビアやることになったんだ。それで、ちょくちょく学校休むわ。」
「ばんなそかなっ!?」
リアクション芸人並みの反応でのけぞるマナカちゃん。
「凄いじゃない、アキ!」
純粋に喜ぶショーコちゃん。
「今のうちにサインもらっておいていいかな!?」
カオルちゃんも無邪気にはしゃいでいる。
「ドイツもコイツもアキアキアキ!何故私を認めないんですか!」
あみば?
「胸か、この胸か!」
マナカちゃんと一緒に、私もアキちゃんの胸に攻撃を加えた。
「いたたたたた!!揉むな!ちぎるな!ひっぱるな!だからお前らには知らせたくなかったんだよ!」
「あんた達、祝福してあげなさいよ…」
「ちょ、噛むな!脱がすな!転がすなぁぁぁっ!!」
調子に乗って騒いでたら、店を追い出された。
そして、今に至る。アキちゃんは学校に来られなかったり、学校に来ても授業が終わるとすぐに
仕事で、殆ど遊べなくなった。 マナカちゃんは引っ越して、毎日メールのやりとりをしている。
ショーコちゃんは、両親を説得するのに苦労したようだが、この間結婚した。カオルちゃんと一緒に、
休日にショーコちゃんの新居に遊びに行ったりしている。カオルちゃんに子供のつくりかたを聞かれて困っていた。
「―先生が生徒の事で行きたくない所は3つある。それは―」
式が終わり、HRで休みの間の注意等が告げられる。病院と警察とお寺。坪井先生が、夏休みや
冬休みの前にも言った言葉だ。小宮山先生にいじられて変な方向性に走ってたけど、元々は真面目
な先生だ。小宮山先生と離れれば、普通の先生になってしまうのだろう。
HRが終わると、教室は喧騒に包まれた。
「ね、カラオケいこーよ。」
「悪い、あたしこれから部活の打ち上げなんだ。」
「親に見せらんねーよ、この成績…」
クラスメイト達はすぐにいなくなり、静寂が支配する教室に私一人。何の予定もなかったので、一緒に帰ろうと思ってお兄ちゃんを探すと、校舎の裏に一人佇んでいるのを見つけた。
「あ、おに」
声をかけようとした瞬間、後ろから誰かが
「フリーズ!!」
と言って、背中に硬いものを押し付けてきた。思わず両手を挙げて、
「ど、どんときるみー…」
と答えてしまった。ていうか、この本格的な発音は…
「人の背中にディルドー突きつけて、何してるんですかマリア先生?」
「あなたのお兄さんに、これから用がある人がいるから、邪魔してもらっちゃ困るのよ。…まさかと
思ったけど、来て見て正解だったわ。」
いつからそこにいたのか、小宮山先生が口を出した。
「叶サンが何かしようとすると、肝心な時に邪魔が入りますカラ。それを防ぎに来たんデス。」
叶さんって誰ですか?なんて聞く間もなく、2人は私を抱えて物陰に引きずり込んだ。同時に、
お兄ちゃんに走りよる女の子の姿が見えた。
女の子がお兄ちゃんに何か話しているが、ここまで聞こえてはこない。だけど、あの女の子が何を
伝えているかなんて、考えるまでもない。見詰め合って沈黙すること数秒。お兄ちゃんが口を開くと、女の子がお兄ちゃんに抱きついた。
お兄ちゃんも、恥ずかしそうにしながらその子の背に手を回した。
「これで心置きなく故郷へ帰れマス。」
「そうね、マリア…」
泣いている二人を放っといて、私はそこを離れた。お兄ちゃんの新しい生活の始まりを、見せつけ
られた気がした。私は溢れる涙を拭いもせず、足早に帰路についた。
引越しを明日に控えた夜。準備も済ませ、床についたが寝付けなかった。私はお兄ちゃんの部屋に
向かった。ドアをノックして、ゆっくりと開ける。
「お兄ちゃん、起きてる?」
小声で問いかけると、ベッドの上の影がむくりと起き上がった。
「カナミ?」
はっきりとした声で返事が返る。どうやらお兄ちゃんも寝付けなかったみたいだ。
「お兄ちゃん、一緒に寝よう?」
ただ純粋に、子供の頃のように同じ布団で眠りたかった。お兄ちゃんは一瞬驚いた顔をしたが、
「そうだな、それもいいか。」
とだけ言って、布団を開けて端に寄った。中に潜り込むと、ベッドが狭く感じた。
「こうして寝るの、何年振りだろうな。」
向かい合って寄り寄り添った。この季節、まだ夜は肌寒い。
「幼稚園の頃かな。ね、腕枕してよ。」
「まったく、幾つになっても甘ったれだな。」
頭の下に右腕を差し込まれ、左手でくしゃくしゃと頭を撫でられる。
「変わってないようで、いつの間にかこんなに大きくなってたんだな。」
「背はもういいから、胸の方が育ってほしいよ。それより、お兄ちゃん彼女出来たんでしょ?」
「なんだ、みてたのかよ。明日引越しの手伝いに来るから、その時紹介するよ。」
「そう。いいな、私も早く彼氏欲しい。」
「お前黙ってれば可愛いんだから、人前でエロネタ振るの止めればすぐにできるだろ。」
「本当にそう思う?」
「そう思う。」
「じゃ、出来たらお兄ちゃんに紹介するから。」
「ああ、楽しみにしてるよ。」
微笑んだお兄ちゃんの表情が、少し寂しげだった。なんだ、初めて彼女が出来たっていうのに、
お兄ちゃんも寂しいんだ。私と一緒に居たいって思ってくれているのだろうか。
「お兄ちゃん、私が居なくても平気?」
「少しだけ寂しいかな。」
お兄ちゃんは恥ずかしそうに笑って、聞き返してきた。
「お前は、俺が居なくても平気か?」
―お兄ちゃんが居なくても大丈夫だから、気にしないで―
たったそれだけのことが言えない。言葉が詰まって返事ができない私を、心配そうに見つめる
お兄ちゃん。目頭に熱いものがこみ上げてくる。こんなに近くにいるのに、お兄ちゃんの顔が霞んで
見えなくなる。
泣いたらきっと不安にさせてしまう。それなのに、分かっているのに堪えきれない。
「平気なわけ、ないじゃない…」
強がりを言うこともできず、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「アキちゃん達ともそんなに会えないのに、お兄ちゃんもそうなるなんて嫌だよ…」
せめて、泣き顔だけは見せないように掌で顔を隠した。
「いつでも会えるって言っても、寂しくないわけじゃないもんな。」
私の頭を抱き寄せて、髪を撫でるお兄ちゃん。
「お父さんやお母さんと一緒に住めなくたって、お兄ちゃんと居られれば良かったのに…私一人じゃ、
この家は広すぎるよ…」
「ついこないだまで、あんなに賑やかだったのにな。休みの度に誰かが泊まりに来てさ。」
「お願いだから置いてかないで、一人にしないでよ…」
自分でも、無茶なことを言っていると思う。でもそれが、私の正直な気持ちだった。
「…………カナミ、それは」
「冗談だよ。ちょっと困らせたかっただけ。」
お兄ちゃんの前で、弱音を吐いてしまった。でも、少しだけ気が楽になったような気がした。
お兄ちゃんは、突然私を抱きしめた。
「ゴメンな、カナミ。俺にはこんなことくらいしかしてやれない。」
本当に済まないといった表情で、子供をあやす様に私の背を撫ぜる。
お兄ちゃんにそんな顔をして欲しくなくて、私はさっきは言えなかった強がりを口にした。
「やめてよ、子供じゃないんだから。本当に大丈夫だから心配しないで。私、一人でもやっていける
から…お兄ちゃんなんかいなくたって、全然平気なんだから…!」
止めど無く溢れる涙。震える声でなんとか言い切ったが、こんなんじゃ誰も騙せる筈がない。
「ありがとう、カナミ…」
何故お礼を言われなければならないのだろう。こんなにもお兄ちゃんを心配させているのに。その
答えが分からぬまま私は泣き続けた。空を照らす月も、草木を揺らす風も無い、悲しい程に静かな夜。
私は懐かしい匂いと温もりに包まれ、お兄ちゃんの心臓の音を子守唄にして眠りについた。
お兄ちゃんがいなくなってから、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
トントントントン。包丁のリズミカルな音がキッチンに響く。浮かれっぱなしの私は、いつの間にか
鼻歌を歌いだしている。
今日は約束の日。私の恋人を、お兄ちゃんに紹介する日。お兄ちゃんを家に呼んで、一緒に
ご飯を食べて親睦を深め、家族公認の恋人になる腹積もり。
「カナミちゃん、顔がにやけてますよ。さっきから頬が緩みっぱなし。」
いつの間にか台所にいたマナカちゃんが、私にボトルのお醤油を渡す。彼女は家族旅行を蹴って
まで、北海道からわざわざ会いに来てくれたのだ。『ダイエットSEX48手』は、マナカちゃんがこっちで
一人暮らしするまで預かる約束なので、まだ返していない。
さっきまではミホちゃんもいたが、今はお兄ちゃんを迎えに出ている。
他の皆は都合がつかなかったけど、それでも嬉しいことに変わりはない。アキちゃんはヤンマガの
表紙にも載って、仕事もまずまずらしい。ショーコちゃんはというと、新製品の特許を取ったらしい。
足のツボに電気刺激を送ることで勃起力を増強させる、その名も「勃起力増強シューズ」
特に、青カン好きな人に愛されているらしい。お兄ちゃんにもあげようと思う。
「あ、お帰りマナカちゃん。ごめんねお客様なのに。」
「気にしないで下さい…それより、お兄さんに彼を紹介するんでしたよね?」
「約束してたからね。それがどうかしたの?」
私の返事に、眉をひそめるマナカちゃん。
「お兄さん、向こうの平穏な生活でツッコミが鈍ってなきゃいいんですが。」
「成るほど。彼見たら、普通に引いて『別れろ。』とか言うかもね。」
その「彼」というのは、私たちの幼馴染のヨシオ君。ついこの間、街でばったり再開して付き合う
ようになったのだ。ちなみに今は、さっきマナカちゃんがお買い物に出て二人っきりになったら、
(料理&私を)つまみ食いしようとしたので罰(そろばん責め&放置プレイ)を与えている最中だ。
筋金入りのドMな彼は、罵声を浴びせかけると至福の表情になり、重しの石板をいきりたつイチモツ
の力でひっくりかえすという荒業をやってのけた。畳に傷がついたので罰としてさらに石板を追加した。
「前途多難ですね…」
マナカちゃんも少し引いている。北海道での生活は、彼女を幾分真人間にしてしまったようだ。
初登場の頃のような、クールで硬い表情になっている。そのことを突っ込むと本人は、
「友達の中に、カナミさんみたいなボケキャラも、アキさんのようないじりがいが在って尚且つ的確に
ツッコミできる人材もいないんですよ。周りは私のボケを聞くと引くので、自然とボケを控えるように
なって…」
と言っていた。ボケをかませないことに悲しんでいるようだが、その方が彼氏は出来やすいと思う。
会話が途切れたので、調理に専念する。今日の料理は私だけで作るといってあるので、マナカちゃん
も手出しはしない。殆ど出来ているので、後は盛り付けるだけだ。
「…辛くありませんでした?」
マナカちゃんが不意に、独り言のようにぽつりと漏らした。
「辛かったよ…だけどそれは、皆も同じでしょ?」
お皿に盛り付ける手を止めずに答える。
「家族とまで離れ離れになったのは、カナミちゃんだけですよ。アキさんは仕事で忙しくて、寂しい
なんて思う余裕ないですし、ショーコさんは新婚で幸せですし、私は転校するのに慣れっこですから。」
苦笑を浮かべ、腕組みをするマナカちゃん。
「そっか…でも私、今は幸せだから。ヨシオ君が皆の代わりって訳じゃないけどさ。」
「なら良かったです。カナミちゃんの元気な姿みたら、お兄さんもきっと喜んでくれますよ。」
「そうだね。私、お兄ちゃんが出て行く時泣いちゃって、心配かけたままだから…」
その時、インターホンが鳴った。
タンポーン♪
「何だこのインターホンっ!?」
外からお兄ちゃんのツッコミが聞こえてくる。
「幸せすぎて心配いらないってトコ、見せ付けて上げないとね!」
エプロンを脱いで、廊下に出る。既に玄関に入っているお兄ちゃんに駆け寄る。
インターホンで呆れた顔だったお兄ちゃんが、私を見て一瞬苦笑いを浮かべた。が、すぐに
優しい微笑みに変わった。ほんの一月前までは毎日見ることのできたその笑顔が、今はこんなにも
懐かしい。
「ただいま、カナミ。」
「おかえり、お兄ちゃん!」